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東京地方裁判所 平成10年(ワ)7665号 判決

原告 一陽興産株式会社

右代表者代表取締役 町山伊與子

右訴訟代理人弁護士 小山達也

同 村越進

被告 株式会社デ・リードコーポレーション

右代表者代表取締役 神農雅嗣

右訴訟代理人弁護士 赤羽富士男

主文

一  被告は、原告に対し、金八五〇万円及びこれに対する平成一〇年一月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三五〇〇万円並びに内金三〇〇〇万円に対する平成九年一一月一〇日から、及び内金五〇〇万円に対する平成一〇年四月六日から各支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

第二事案の概要

一  判断の前提となる事実(証拠(本項では弁論の全趣旨を含む。)を掲記した事実以外は、当事者間に争いがない。)

1  当事者等

原告及び被告は、いずれも不動産の売買、賃貸、管理、その仲介等を目的とする株式会社である。

2  本件に至る経緯

(一) 被告は、原告から、平成九年一〇月一七日(以下、断りのない限り、月日は、平成九年のものを指す。)、別紙一物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)をその地上に建築する建物についての建築確認付きとし代金三億円で売却する旨の紹介ファックスを受信したことから、本件土地上にマンション一棟を建築してこれを分譲する計画を立て、原告に対し、そのころ、これを買い受けたい旨打診した。

(二) 原告は、同月三〇日、株式会社東苑から本件土地を買い受けてその代金を支払い、これと引換えに、原告と同一資本系列下にある翔陽エステ-ト株式会社(以下「翔陽エステート」という。)名義の所有権移転を備えた。

なお、本件土地の処分権限は、原告がこれを取得した。

3  本件土地の売買契約の前提約定

原告と被告は、そのころ、原告において、本件土地上に被告が建築し、分譲するマンション(以下「本件建物」という。)についての建築確認を得、被告に対し、被告が本件土地上に本件建物を建築することができる状態で同土地を引き渡すことを本件土地の売買契約の内容とすることを合意した。

4  買付証明書等の交付

(一) 被告は、原告に対し、一一月七日、別紙二記載の不動産買付証明書(以下「本件買付証明書」という。)を交付した。

(二) 原告は、被告に対し、同日、別紙三記載の売渡承諾書(以下「本件売渡承諾書」という。)を交付した。

5  本件建物の設計委託契約等

(一) 原告は、有限会社濱田篠原設計(以下「本件設計会社」という。)との間で、一〇月三〇日ころ、本件土地上に建築される建物について、大要、次の内容の設計委任契約(以下「本件設計契約」という。)を締結した(甲四、弁論の全趣旨)。

(1)  計画の名称

仮称元赤坂マンション計画

(2)  建物の概要

共同住宅・RC造、地下一階地上五階、延床面積約一七二〇平方メートル

(3)  報酬

三五〇〇万円(消費税を含む。)

(4)  報酬支払時期

平成九年一一月一〇日に三〇〇〇万円

本件土地の転売完了時に金五〇〇万円

本件設計契約に係る契約書には、※と記載されている。

(二) なお、原告の従業員中山俊浩(以下「中山」という。)及び羽柴竜二(以下「羽柴」という。)は、一〇月三一日、東京都中央区銀座にある被告の支店において、被告を本件設計会社の代表取締役篠原猛(以下「篠原」という。)と設計者石田某に引き合わせ紹介した。

また、本件設計会社は、被告に対し、一一月二〇日、本件設計契約の報酬が三五〇〇万円であることを告げた。

6  被告の打合せ等

被告は、本件設計会社との間で、一一月五日、一八日及び一九日、本件建物について打合せをした。

7  建築確認等

(一) 本件設計会社は、同月二〇日、東京都港区の建築主事に対し、本件建物について、建築基準法六条一項による建築確認申請をした。

(二) 同建築主事は、本件設計会社に対し、一二月八日付け建築確認通知書をもって、本件建物についての建築確認通知をした。

8  その後の経緯

(一) 被告は、一一月末ころから、本件土地を買い受けることについて、その売買代金が高く採算が合わないこと等を理由として消極的態度を示すようになった。

(二) その後、原告と被告は、交渉を重ね、その間、原告は、被告に対し、本件土地の売買代金を三億四〇〇〇万円とすることなどを提案した。

(三) しかし、交渉はまとまらず、被告は、原告に対し、平成一〇年一月一六日、本件土地についての売買契約を締結しないことを言明した。

9  本件設計会社に対する報酬の支払

原告は、本件設計会社に対し、本件設計契約に基づく報酬として、一一月一〇日に三〇〇〇万円を、平成一〇年四月六日に五〇〇万円を支払った(甲八の一及び二、甲九、弁論の全趣旨)。

10  関連する事情

(一) 原告は、有限会社ユタカ工務店(以下「ユタカ工務店」という。)に対し、平成九年一一月二七日ころ、翔陽エステート株式会社名義のユタカ工務店松尾社長宛て同日付け売渡承諾書(乙三)を交付した。右売渡承諾書には、次のような記載(いずれも原文のまま)がある。

(1)  売渡価格 金二九五、〇〇〇、〇〇〇円

(2)  決済方法 一括全額払い

(3)  売渡承諾期限 平成九年十二月五日限り 右期限を過ぎた場合、本書は無効

(二) 原告は、西田憲正(以下「西田」という。)に対し、同年三月三一日、本件土地を売却し、同日、翔陽エステートから西田に対する所有権移転登記がされた(甲一の一から四まで、弁論の全趣旨)。

二  争点

1  争点1 被告が契約締結上の過失に基づく責任を負うことを基礎づける事実の有無

2  争点2 原告の被った損害の有無及び内容(因果関係の問題を含む。)

3  争点3 過失相殺すべきことを基礎づける事実の有無

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告

(1)  原告と被告は、一〇月一七日以降、以下のとおり本件土地の売買について交渉を重ねた。

ア 被告担当者松田清一郎(以下「松田」という。)は、同月二〇日、原告事務所を訪ね、原告の中山及び羽柴が本件土地や代金について説明した。その際、松田は、原告に対し、原告から本件土地を購入することを前向きに検討している旨及び代金三億五〇〇〇万円とすることを承諾する旨回答した上、本件土地上にファミリータイプのマンションを建築して分譲する予定である等の具体的説明をした。

イ 松田は、同月二九日、原告事務所において、本件土地の売買契約について、これを実測売買とし、建築確認付きのものとしたほか、代金の支払方法等を協議し、右契約の基本的内容について合意し、原告が本件土地の所有権を取得した後直ちに原告と被告間で買付証明書と売渡承諾書を交換することを決めた。

なお、原告は、被告に対し売買代金の一割の手付金を交付して欲しい旨希望したが、被告は、これに応じず、原告と被告は、被告の提案により違約金を代金の二割にすることを合意した。

ウ 原告は、前記一2(二)のとおり、同月三〇日に本件土地を買い受けて翔陽エステート名義の所有権移転登記を備え、同日夕方、中山及び羽柴が被告事務所を訪ね、被告の徳島政治(以下「徳島」という。)常務及び松田に対し、右買受けについて報告し、被告との間で、次週中に買付証明書と売渡承諾書の交換をすること、売買契約日を本件建物の建築プランが確定した時点とすること、代金決済は建築確認が下りたときとすること等を合意した(以下、この合意を「本件基本合意」という。)。

エ 松田は、一一月一三日、原告事務所を訪ね、原告との間で本件土地の売買契約締結日について打ち合わせた。

オ 中山、羽柴及び篠原は、同月二〇日、被告事務所に徳島及び松田を訪ね、被告の設計担当顧問内山某も同席し、被告との間で、本件建物の設計監理契約は被告と本件設計会社との間で直接締結することを決めたほか、本件土地に接する位置指定道路の処理等の契約条項の細部について打ち合わせた。

(2)  原告は、右各交渉の過程で、本件設計会社との間で、本件土地の売買契約締結の準備のため、次の各行為を行った。

ア 原告は、被告と打合せをした同月二〇日(前記(1) ア)ころには本件建物の概況を把握し、本件設計会社に対してその内容を伝え、設計の準備を依頼するとともに、被告が本件設計会社との間で協議することができるようにした。

イ 原告は、本件基本合意(前記(1) ウ)を受け、同月三〇日、本件設計会社との間で本件設計契約を締結し、本件設計会社に対し、本件建物の設計及び建築確認申請業務を委託するとともに、被告と打合せの上至急設計を完成するよう督励した。

(3)  また、被告は、自ら本件設計会社との間で、本件建物の設計及び確認申請手続について、一一月五日、一八日及び一九日を始めとして約一〇回にわたり打合せをした。その主なものは、次のとおりである。

ア 被告は、一〇月三一日に原告から本件設計会社を紹介された(前記一5(二))数日後、本件設計会社に対し、被告の仕様に基づく設計細目書を交付し、右仕様に合致するマンションを設計するよう指示した。

イ 被告と本件設計会社は、一一月五日、被告のマニュアル基本設計から本件土地固有の立地条件等に適合した内容への設計変容についての打合せをした。

ウ 被告と本件設計会社は、同月一九日、本件建物の最終的な建築プランを決定した。

(4)  本件設計会社は、一〇月二〇日ころから本件建物の設計のための事前準備を行い、被告との打合せを経て、一一月一〇日ころには本件建物の基本設計の内容が固まり、同月一九日に被告の希望に沿った最終的な建築プランが確定し(前記(3) ウ)、翌二〇日に建築確認申請をし、一二月八日に建築確認手続が完了した(前記一7)。

ただし、構造計算書は、右申請時に間に合わず、一二月一日ころ追完された。

(5)  右(1) から(4) までの経緯によれば、本件買付証明書及び本件売渡承諾書が授受された時点では、本件土地の売買価格、支払方法等の基本的事項は確定し、原告は、本件基本合意に基づいて直ちに本件設計契約を締結していたものであり、これらの書面が予定される契約内容及び売買の意思を明示し、契約に準じた拘束力を認めて交渉からの恣意的な離脱を防ぐことを趣旨とするものであるから、原告と被告は、右時点において、本件土地の売買契約の締結に向けて緊密な関係に立ったと認められる。

そして、被告は、自ら本件設計会社との間で、本件建物の設計及び建築確認申請手続について積極的に多数回にわたり打合せを行い、原告においてそれらの諸経費を負担していることを知っていた(前記(3) 、一5(二))。

さらに、平成九年一二月八日には本件建物について建築確認手続も完了していた(前記一7)から、右時点においては、原告と被告間の本件土地の売買契約締結に向けての緊密性は、極めて高度かつ濃密なものとなった。

(6)  一般に、契約締結の交渉過程で、その当事者が契約締結に向けて緊密な関係に立った場合には、右当事者は、相手方の財産等に損害を与えないように配慮すべき信義則上の注意義務を負い、これに違反して相手方に損害を与えたときは、右当事者の行為は、契約締結上の過失として不法行為を構成する。

本件にあっては、前記(5) のとおり、原告と被告は高度かつ濃密な緊密関係に至っていたから、被告は、原告に損害を与えないように配慮すべき信義則上の注意義務を負っていたにもかかわらずこれを怠り、原告が本件建物の設計を他に依頼していることを知りながら、一二月中旬ころからは買取りはできないとの意向を繰り返し示し、原告が議歩して売買代金の減額を提示しても被告の希望価格を示すこともせず、本件土地の売買契約の締結を一方的に拒否した。

よって、被告は、原告に対し、契約締結上の過失により、原告の被った損害を賠償する義務がある。

(7)  なお、原告は、一二月下旬ころから新たな売却先を探そうとしたが、その理由は、被告が本件土地の買取りに難色を示し、早晩被告との間の売買契約が不首尾に終わる可能性が濃厚になったと判断したためである。

(二)被告

(1)  交渉経緯について

ア 原告と被告は、あらかじめ原告側が本件土地の所有権を取得した後に具体的な交渉をすることを合意し、一〇月三〇日に原告側が所有権移転登記を経た(前記一2(二))ことにより、本件土地の売買交渉の前提条件が整い、同日、原告と被告間で初めての実質的な打合せがされたものであり、それ以前には具体的な打合せはしていない。

なお、原告は、同日に本件基本合意が成立したと主張するが、右日時は、原告と被告が本件土地の売買契約に関する交渉の端緒に着いたころにすぎない。

イ また、買付証明書や売渡証明書は、売買契約の内容が確定されて授受されるものではなく(特に、業者間では買付証明書は早期に交付され、その後具体的交渉が開始されることがほとんどである。)、法的拘束力もないから、それらが授受されながら売買契約に至らなかったからといって、被告が法的責任を負うことにはならない。

ウ さらに、一一月一〇日に本件建物の基本設計の内容が定まったということはないし、原告が本件建物について最終的な建築プランを確定したと主張する一一月一九日においても、本件建物の予定の大枠しかできておらず、構造計画等の詳細について引き続き検討することが予定されていた。

したがって、右時点あるいは本件建物についての建築確認がされた時点においても、原告と被告とが法的責任を生ずべき緊密な関係に至っていたとはいえない。

エ そして、原告と被告は、その後、本件土地の売買代金について交渉を継続したものの、採算が合わず、最終的に売買代金について合意に達しなかったのであるから、売買契約の締結に至らずともやむを得ないというべく、被告が法的責任を負うことはない。

(2)  かえって、原告がユタカ工務店に対し売渡承諾書を交付したこと(前記一10(一))は、被告と交渉をする一方で、他にも本件土地を売却する交渉をしており、右は、信義則に違反する行為である。

2  争点2について

(一) 原告

(1)  原告と被告は直接複数回打合せをし、本件買付証明書及び本件売渡承諾書を授受し、しかも、被告が本件設計会社との間で本件建物についての設計の打合せをしていたことに基づき、原告は、被告が本件土地を買い取ることが確実であると信頼し、本件設計会社に対し三五〇〇万円を支払った。

(2)  (報酬の内訳について)

本件設計契約の報酬三五〇〇万円は、次のとおり、本件建物の設計業務報酬のほか、近隣対策費等建築確認を早急に取得するために要した種々の作業に対する費用又は報酬分を含むものである。

ア 設計料 一八〇〇万円

羽柴と松田は、本件建物の建築費について、坪単価七〇万円、床面積約四〇〇坪として約三億円と見積もった。

その後、原告と本件設計会社とは、本件土地が傾斜地であり通常の設計に比して建物の設計内容が複雑となる上、建築確認を早急に取得する必要があること等の事情から、設計料を右建築費の六パーセント相当の一八〇〇万円とすることを合意した。

イ 近隣対策費 六〇〇万円

本件土地の近隣地権者には、明治神宮、明治記念館、公明党本部など一般住民とは性格を異にする団体が複数あったほか、本件土地の北側の地権者から日照問題が生ずるとして強固な反対意思が表明され、近隣地権者八件に対し一件当たり二〇〇万円の近隣対策費を要した。

原告は、本件設計会社から右額の提示を受け、不相当に高額ではないと考え、これを承諾した。

ウ 建築確認取得手続費用 一〇〇万円

原告は、本件設計会社に対し、建築確認申請行為並びにその前提となる中高層事前協議及び風致許可の各手続を委任し、その各手続に対する報酬として一〇〇万円を要した。

(3) ア 本件建物についての設計委託契約を本件土地の売買契約以前に締結しなければ、そもそも同建物の建築確認付とする前提条件を満たせないから、本件設計契約は、売主としての義務を履行するための必須の行為である。

そして、一般に、マンションの建築確認付土地の売買の実現には対象建物の設計図の作成、申請書類の調製及び近隣対策が必要であり、それらの費用等を含む報酬三五〇〇万円は、必要な支出であり、被告が本件土地の売買契約の締結を拒否したことによって無駄となったものである。

イ なお、近隣対策、申請書類作成及びその前提としての各種行政上の折衝等については、費目ごとに明確な金額を算定することは容易ではないため、建築確認取得費用一般としてこれらを一括して経費化することも希ではない。

また、被告は、本件設計契約締結前に原告が準備した内容及び右契約を十分に利用し、その設計内容に自らの希望及び意思を反映させたのみならず、本件報酬は、売買代金総額に含まれており、被告が右売買代金額を承諾していた以上、被告の買主としての利益を害するものではなく、これを被告に告げる必要はない。

そして、本件建物について建築確認が得られた以上、その内訳の細目が明らかにならないからといって相当因果関係が否定されるものではない。

ウ したがって、原告がその設計報酬として支出した三五〇〇万円は、被告の契約締結上の過失によって原告が被った損害であり、被告は、原告に対し、これを賠償する義務がある。

(4)  仮に、右損害が特別な事情に基づくものとしても、以下の理由から、被告は、これを賠償する義務がある。

ア 被告は、マンション建設専門業者として、マンション建設に伴い近隣住民対策等の必要性を当然に認識し、被告は、本件土地の売却については、被告の要望に基づき特に建築確認付きとされたから、建築確認取得に伴う費用が別途必要となることも認識していた。

また、前記(2) イのとおり団体所有地が隣接し、その対策にはより困難を伴うこと、本件土地の隣地地権者らがマンション建設に強い反対の意思を表明している等の事実も認識し、むしろこのような事情に伴う不利益、危険等を回避するために建築確認付売買とされ、徳島も、原告において設計委託契約、建築確認申請手続及びこれに付随する近隣対策等が必要になり、そのために相当程度の費用を原告が支払わなくてはならないことを認識していた。

イ よって、被告は、原告において前記各費用の支出をもたらす前記各事実を知り、又は専門業者として認識すべきであったから、三五〇〇万円全額を賠償する義務がある。

(二) 被告

(1) ア 契約締結上の過失に基づいて賠償すべき損害は、原告において被告が原告との間で本件土地の売買契約を締結することが確実であると信頼した上で支出したもの、すなわち、信頼利益に限定される。

イ しかるに、被告との間で本件土地の売買の交渉を始めるはるか以前から、原告は、本件土地上に建築する建物の設計及び建築確認申請手続の準備行為をし、本件設計会社も原告と協議し、近隣対策についても準備を進め、八月一日には多田建設株式会社から本件土地上に建築する建物についての見積書(乙二)の提出まで受けた。

その上で、原告は、自ら被告に対し、一〇月一七日に建築確認付売買として本件土地の買受方を打診した(前記一2(一))後、被告との打合せを一度もしていない一〇月三〇日の時点で本件設計契約を締結した。右契約は、被告が用いている建物の仕様を念頭にして同仕様を満たす建物を設計することを内容として締結されたものではなく、同契約の履行として設計され、建築確認申請添付の設計図面に記載された建物も、右仕様に即したものではない。

したがって、原告は、被告との本件土地の売買契約の交渉に入ったばかりの両者の信頼関係が構築される以前の段階で、本件設計契約を締結し、設計料等の支払をしたものである。

ウ また、原告は、そもそも本件土地をその地上建物についての建築確認付きで売却することを企図していたのであり、建築確認の取得及びその準備行為も、自己の責任においてこれをすべき義務がある。本件設計契約の締結及び本件設計会社に対する報酬の支払もその一環としてされたものであり、これを被告に請求することは、自己が負うべき責任を放棄し、これを被告に転嫁するものである。

エ 以上からすれば、原告は、被告が本件土地についての売買契約を締結すると信じて本件設計契約を締結し、その報酬を支払ったものではなく、原告が支払った右報酬は、信頼利益に当たらないし、その支出と本件土地の売買契約に至らなかったこととの間には因果関係もない。

(2)  仮にそうでないとしても、本件設計契約の報酬は三五〇〇万円にも上っており、このような高額の費用が生ずる場合には、各費目が契約書、見積書等で特定されるのが通常であるにもかかわらず、その種の書面が存在しないばかりか、訴訟提起後もその明細は明らかにされなかったのであり、前記(1) イのとおり、原告と本件設計会社が被告の関与する以前から準備作業を進めていたことからすれば、原告が右額の支出をしたことが本件土地の売買契約の締結に至らなかったことによって生じた相当因果関係の範囲内にある損害とはいえない。

(3)  また、原告は、西田に対して本件土地を売却した(前記一9)ところ、西田は、本件建物の建築確認申請書類を保持しており、近隣対策費として支出された費用相当額はもちろん、建築確認取得手続費用及びその前提としての設計料も有効に利用されており、右額相当額は、原告の被った損害には当たらない。

3  争点3について

(一) 被告

原告は、被告と本件土地の売買契約についての交渉を開始したばかりの段階で、右契約の締結に至ると勝手に考え、設計料と称して極めて高額の報酬を濱田篠原設計に支払う旨約束してこれを実行したものであり、原告側の過失は極めて大きい。

したがって、原告の請求については、過失相殺の法理により、損害の公平な分担の観点から、相当大きな減額がされるべきである。

(二) 原告

右金員を支払った時期は、本件買付証明書及び本件売渡承諾書の交換後であり、かつ、被告自身も本件設計会社との間で本件建物の設計についての打合せを数回経た後である。また、被告は、原告の右支出を前提として、本件設計会社を十二分に活用し、設計事務及び建築確認取得事務を行わせており、原告が専行してその報酬を支払ったものではない。

本件土地の売買契約が不成立に至った原因は、専ら被告が建築費用についての目論見を誤ったためである。

そして、被告は、原告が建築確認取得のために相当額を出費することを本件土地の売買契約の交渉段階で認識し、その締結を一方的に拒否した段階で原告が右出費に相当する損害を被ることを当然認識できたから、本件は、被告に損害発生についての故意が存在するいわゆる意図的不法行為の事案であり、このような場合には、過失相殺法理の沿革等から過失相殺は行われるべきではない。

第三争点に対する判断

一  第二の一の判断の前提となる事実、証拠(甲二から六まで、七の一及び二、甲一一の一から一一まで、甲一二から一四まで、一五の一から三まで、甲一六、乙一、二、五の一から三まで、乙六、証人羽柴、同野口、同松田、同徳島)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる(一部に右判断の前提となる事実の再摘示を含む。)。

1(一)  原告の従業員羽柴及び中山は、一〇月二〇日、原告事務所を訪れた被告担当者松田に対し、本件土地の概要、予定代金額(三億五〇〇〇万円)、売買契約についての今後の取組方等を説明した。

ただし、当時は、原告は、まだ本件土地の処分権限を取得してはいなかった。

(二)  羽柴らは、同月二九日、被告事務所において、松田と打合せを行い、本件土地の売買契約を締結する場合には、実測売買とし、建築確認付きとすることとしたほか、代金の支払方法等について協議し、原告が本件土地のその処分権限等を取得した後直ちに原告と被告間で買付証明書と売渡承諾書を交換することを決めた。

なお、その際、原告は、被告に対し売買代金の一割の手付金を交付して欲しい旨希望したが、被告は、これに応じず、原告と被告は、被告の提案により違約金を代金の二割にすることを合意した。

(三)  原告は、同月三〇日に本件土地を買い受けて翔陽エステート名義の所有権移転登記を備えた(前記第二の一2(二))上、中山及び羽柴が被告事務所を訪ね、被告の常務取締役徳島及び松田に対し、右買受けについて報告し、被告との間で、翌週中に買付証明書と売渡承諾書の交換をすること、売買契約日を本件建物の建築プランが確定した時点とすること、代金決済は建築確認が下りたときとすること等の本件基本合意を成立させた。

(四)  中山及び羽柴は、同月三一日、本件設計会社の篠原猛及び石田某を同道して被告事務所を訪ね、徳島、松田、被告の設計顧問内山と打合せをした。

右打合せにおいて、被告は、本件設計会社との間で、本件建物の仕様、本件についての日照、北側斜線等に関する処理等について打ち合わせた。

(五)松田は、一一月一三日、原告事務所を訪ね、原告との間で本件土地の売買契約締結日について打ち合わせた。

中山、羽柴及び篠原は、同月二〇日、被告事務所に徳島及び松田を訪ね、被告の設計担当顧問内山某の同席の下、被告との間で、本件建物の設計監理契約は被告と本件設計会社との間で直接締結することを決めたほか、本件土地に接する位置指定道路の処理等について打ち合わせた。

2(一)一方、原告は、一〇月二〇日ころ、本件設計会社に対し、被告が希望する本件建物の概況を伝えてその設計の準備を依頼し、同月三〇日、本件設計会社との間で本件設計契約を締結し、本件設計会社に対し、本件建物の設計及び建築確認申請業務を委託するとともに、被告と打合せをするよう依頼した。

(二) 被告は、原告から本件設計会社を紹介され(前記第二の一5(二))、その数日後、本件設計会社に対し、被告の仕様に基づく設計細目書を交付し、右仕様に合致するマンションを設計するよう指示し、一一月五日、本件設計会社との間で、被告のマニュアル基本設計から本件土地固有の立地条件等に適合した内容への設計変更や建築確認申請手続についての打合せをし、その後も多数回にわたり打合せを行った。

同月一九日に行われた打合せにおいては、被告の代表取締役神農雅嗣(以下「神農」という。)、徳島、内山及び松田が参加し、被告から、本件建物の設計変更の希望が出され、打合せの結果、建築確認申請を行うに足る一応の最終的な建築プランが確定された。

3  この間の一一月七日、原告と被告は、本件買付証明書及び本件売渡証明書を交換し(前記第二の一4)、その際、被告の意向により、本件買付証明書に「代金を総額三億五〇〇〇万円を上限とする。」との条項(以下「本件代金条項」という。)が入れられた。

また、原告は、本件設計会社に対し、一一月一〇日に本件設計契約の報酬として三〇〇〇万円を支払った(前記第二の一9)。

4  本件設計会社は、一一月一九日の被告の要望(前示2(二))に応じた設計の変更を行った上、同月二〇日、建築確認申請をし、一二月八日に建築確認手続が完了した(前記第二の一7)。もっとも、構造計算書は、右申請時に間に合わず、一二月一日ころ追完された。

5(一)  羽柴が同月六日に被告事務所を訪ねたところ、徳島から、本件建物の建設費が予想より高くなった等とし、売買代金の見直しを求めたい意向を示されたことから、原告は、一〇〇〇万円程度の減額に応ずることを決め、羽柴及び中山は、同月八日、被告事務所を訪ね、徳島に対し、右額を提示したところ、徳島は、社内で検討し、あらためて連絡する旨返答した。

(二)  松田は、同月九日、原告事務所を訪ね、羽柴に対し、三億四〇〇〇万円では本件土地を買い受けることは困難である旨述べ、羽柴が購入可能額について質したが、返答しなかった。

(三)  徳島及び松田は、同月一〇日、原告事務所を訪ね、羽柴に対し、年内に売買契約を締結することはできないとした上、建築費の見積を再度行うので、売買代金の調整は翌年にして欲しい旨述べた。

(四)  徳島及び松田は、平成一〇年一月一六日、原告事務所を訪ね、羽柴に対し、本件土地の売買契約を締結する意思はない旨述べた。

二1  右一の経緯によれば、本件買付証明書及び本件売渡承諾書が授受された時点では、原告と被告間で本件土地の売買価格、支払方法等の基本的事項の処理についておおよその方向性が定まるとともに、被告は、被告のマンション計画に沿った内容に変更することを希望し、その後能動的に本件設計会社との間で本件建物の設計及び建築確認申請手続について多数回にわたり打合せを行い、一一月二〇日に建築確認申請が行われ、一二月八日には建築確認が下り、本件土地について売買契約を締結するについての前提条件がほぼ整うとともに、少なくとも本件建物の建築プランの概要が定まり、建築確認が下りる相応の蓋然性が見込まれる状態でその申請がされた以降にあっては、原告は、被告との間で本件土地の売買契約が締結されるであろうものと信頼したものと認められる。

2  そして、徳島の陳述書(乙五の一)には、本件土地の形状、近隣周辺の状況、隣地が明治神宮であること、創価学会所有地が存することから、建築確認を取得するのに近隣住民等の反対も予想されるため、建築確認付であることが重要である旨自認する陳述の記載があり、これに弁論の全趣旨を併せ考慮すれば、被告は、本件土地を建築確認付きで買い受けることについて、事業期間の短縮、近隣対策等についての省力化等の利点があることに最も着目したものと認められるのであって、この点にかんがみると、建築確認が下り、又はその見込みが得られた時点において、原告が右のように信頼したことについてはやむを得ないものがあったと認められる。

3  もっとも、買付証明書や売渡証明書が授受される時期や理由は、一様ではなく、それらの授受によって直ちに売買契約そのものに準ずる拘束力が認められるものではない(後記4(四)のとおり、原告がユタカ工務店に交付した売渡承諾書(乙三)につき、証人野口は、その証人尋問において、その記載どおりの支払がされることはないとの確信のもとに交付したと証言し、自ら記載内容を実現する意思の伴わない場合の存することを自認している。)が、それらの授受がされる趣旨は、爾後契約の成立に向けて誠実に協議し、合理的理由や特段の事情の変化のない限り売買契約を締結する意向があることを表明したものと解される。そして、本件にあっては、本件買付証明書には具体的な売買の条件が記載された相当に詳細なものであると認められる(甲二)ことを勘案すると、これが右のような意思を表明したものではないとも解されない。

4(一)  また、この間の交渉の推移に関し、被告は、同月一九日には本件建物の計画の大枠しかできていなかった旨、被告は、その後、本件土地の売買代金について交渉を継続したが、採算が合わず、最終的に合意に至らなかったものである旨主張する。

また、徳島陳述書及び同人の証人尋問における証言中には、<1>ユタカ工務店と原告間に本件土地について争いがあり、被告がその紛争に巻き込まれる可能性があったこと、<2>本件建物の見積価格が当初のものより大幅に上昇し、当初算定した事業の採算見込みが悪化したこと、<3>通行権承諾及び明治神宮の本件土地に対する越境物の確認作業が予定どおり進行完了してないことであるとする陳述・証言部分がある。

(二)  たしかに、一一月二六日にも、神農、徳島、松田らが本件設計会社担当者と本件建物の仕様の変更等について打合せをし、建築確認申請図面の変更と差替えとすることとし、その後も打合せを行う予定とされたことが認められる(甲一四、弁論の全趣旨)。しかしながら、被告が最も着目していた点は建築確認付きの売買契約とする点であり、被告の希望に応じた設計がされ、一一月二〇日には建築確認申請がされた以上、同日時点の本件建物の建築プランが被告の意向を反映しない、あるいは原告又は本件設計会社によるプレゼンテーションの如き単なる青写真の類にとどまるものであったとは認められない。

(三)  また、たしかに、多田建設の一二月二日付け見積書(乙六)には、本件建物(共同住宅一七戸)の見積価格が三億二九〇〇万円とされており、当初の見積価格二億七〇〇〇万円に比して、六〇〇〇万円弱の増額となっており、被告の事業採算見込みにずれが生じたものと認められるものの、当初の見積は、地下一階、地上四階、延床面積約二六六坪、施工床面積約三三八坪の建物についてのものであるのに対し、本件建物は、地下一階、地上五階、延床面積約三九五坪であり、少なからぬ規模が拡大されており、前者がワンルームマンション、本件建物がファミリータイプのマンションであることによる坪当たり単価の差異を斟酌しても、建築費用の変更は当然予想してしかるべきことがらであるというべきであり(徳島の証言中には、本件設計会社の旧見積価格と変わりないとの言質を信じたとする部分があるが、本件建物への仕様変更は、すべて被告の意向、注文等により行われたものであり、不動産業者としては、当然仕様変更に伴う費用の増減を勘案しつつ仕様変更を指示してしかるべきである。)。

(四)(1)  さらに、ユタカ工務店との問題に関しては、証拠(甲一二、証人野口)及び弁論の全趣旨によれば、一一月後半ころ、同社の代表者松尾俊一(以下「松尾」という。)が原告事務所を訪れ、原告の実質上の経営者である野口英寿(以下「野口」という。)と面会し、原告は、松尾に対し、翔陽エステート株式会社名義のユタカ工務店松尾社長宛て売渡承諾書(乙三。前記第二の一10(一))を交付したことが認められる。

(2) この経緯に関し、野口の陳述書(甲一三)及び証人尋問における証言中には、次のような陳述記載及び証言部分がある。

ア 松尾は、野口に対し、松尾の取計いにより原告が本件土地の処分権限を取得し得た旨主張し、一四〇〇万円(証言では一三〇〇万円)の支払を求め、これを拒めば本件建物の建築について反対同盟を結成する等述べて脅迫した末、本件土地をユタカ工務店に代金二億九五〇〇万円で売却するよう要求し、売渡承諾書の交付を求めた。

イ 野口は、ユタカ工務店や松尾の資産、信用等について調査し、短期間に多額の資金を用意することは不可能であると判断し、売渡承諾書を交付したが、松尾に期間的余裕を与えないため、その有効期間を一二月五日までの短期間に区切った。

ウ また、羽柴の陳述書には、次のような記載がある。

(ア) 羽柴は、野口の指示により、一一月二七日、被告事務所に松田を訪ね、松尾が本件土地の買取資金を売渡期限(一二月五日)までに調達することが不可能であることを見越して形式上売渡承諾書を渡した旨述べ、松尾を相手にしないよう依頼するとともに、本件土地の売買契約締結日が若干遅れるが、了承して欲しいと依頼した。

(イ) 松田は、一〇月末ころ以降、松尾から本件土地の売却話が持ち込まれ、迷惑しており、松尾に対し被告と交渉したければ原告から本件土地の売渡承諾書を取得して持参するよう要求したこと、被告は、原告から本件土地を買い受けるつもりであると述べた。

(3) 一方、徳島陳述書には、次のような記載がある。

ユタカ工務店が一一月二七日に被告事務所に本件土地の売渡承諾書を持参した。しかし、被告は、原告と被告間で本件買付証明書が授受された一一月七日以後に売渡承諾書を提示するよう求めたことはなく、原告と本件土地の売買交渉をする以前にユタカ工務店が本件土地の売却話を持って来た際に同社の本件土地の処分権限を確認するために要望した。右は、本件土地が右翼の街宣車の占拠があるなど不動産業の間では知られている土地であるため、売却情報が所有者の意向に関係なく飛び回り、売渡承諾書の提出を求めることで婉曲に断る趣旨に出たものであり、被告は、原告と交渉を進めていたため、以後は松尾と会っていないし、ユタカ工務店と話を進めることは、被告が被害を受ける心配もあった。

逆に、予定通りであれば一一月二一日に原告と被告間で本件土地の売買契約が締結されていたはずであるにもかかわらず、原告が契約を延期してまで別の売主を捜し、売却金額を被告との予定価格三億五〇〇〇万円を大幅に下回る二億九五〇〇万円としていた上、原告から前記売渡承諾書について説明があったのは一二月四日であったことから、原告の信用性に大きな疑問が生じた。

(4) しかし、徳島が二七日に松尾の訪問を受け、売渡承諾書の提示を受けた後、原告に対しその事情を問うなどした様子はうかがえず、被告がこの一件を重大なものとして捉えていたとは直ちには認められない。また、原告がユタカ工務店に対する売却話を実際に進め、被告に対する売却予定価格より大幅に下回る額を真実設定していたとすれば、およそ経済的合理性を欠くものとして想定し難い事態であるというほかなく、これらの点を勘案すると、前記(3) の徳島の陳述及び証言部分を採用することには躊躇を覚えざるを得ない。

(五)  なお、前記(一)の通行権承諾及び明治神宮の本件土地に対する越境物の確認作業が予定どおり進行完了してないとの点については、その内容等に関する明確な主張立証はなく、これを斟酌するに至らないというほかない。

4(一)  そこで、被告の責任について検討するに、契約交渉を進めている当事者間において、その準備が進捗し、一方当事者において契約が成立に至ることが確実であると期待するに至った場合には、他方当事者は、相手方の右期待を侵害しないよう誠実に契約の成立に努めるべき信義則上の義務があるというべきであり、この義務に違反して相手方との契約締結を不可能にした場合には、相手方に対する違法行為として、相手方の被った損害を賠償する義務があると解される。

(二)  本件にあっては、原告は、本件土地の売買契約が確実に成立するものとの期待を抱くに至ったものと認められ、かつ、その間の交渉経緯にかんがみ、右期待を抱いたことにもやむを得ないものがあったと認められるから、以後、被告としては、右契約の締結に向けて誠実に努力すべき信義則上の義務を負うに至り、契約締結の中止を正当視すべき特段の事情のない限り、これを一方的に無条件で中止することは右義務に違反するというべきである。

そして、前記3のとおり、被告が本件土地の買受けを取りやめたのは、建築費用からみて事業採算性に問題が生じたことなどによるものと認められるけれども、それまでの間、この点を留保し、最終的な売買契約前に本件土地の取得費用と建築費用との再検討が必要であることが明示又は黙示に前提とされていたことを認めるべき的確な証拠も見出されない(原告においては、本件買付証明書の価格上限設定条項から、又はこの種の不動産取引に伴う通常あり得る事態として、一定範囲の価格調整が必要であることは予想し得たとしても、被告の希望に基づく建築プランの建築確認申請がされた以上、売買契約に至らないことを覚悟すべき客観的事情が存したとまではいえない。)。

(三)  しかるときは、少なくとも建築確認許可が下りた後に被告が本件土地の買受けを取りやめたことが正当な理由に基づくものである、あるいは、特段の事情の変更によるものであるとは認められず、したがって、被告は、原告に対し、いわゆる契約締結上の過失に基づく責任として、原告の被った損害を賠償する義務があるというべきであり、他にこれを左右すべき事由や証拠は存しない。

三  争点2について

1  本件売買契約は、建築確認付きのものとされていたから、それを得るのに要した費用は、被告の契約締結上の過失に係る行為によって生じた損害であると認められる。

2  ところで、原告は、本件設計会社に対し、本件設計契約の報酬として三五〇〇万円を支払ったものであるところ、原告は、その内訳が設計料が一八〇〇万円、近隣対策費が一六〇〇万円、建築確認取得手続費用が一〇〇万円であると主張する。

3  たしかに、本件土地の売買については、本件建物の建築プランを確定して建築確認を得るほか、その前提として中高層事前協議及び風致許可の各手続が必要であったこと、迅速を要し、付近住民の事実上の同意等の取付けが必要であったことが認められる(甲四、証人羽柴、弁論の全趣旨)から、したがって、通常の報酬より高額となることには高度の蓋然性が認められるというべきである(近隣対策を本件設計会社が行うことは、被告自身認識していたことは、徳島がその証人尋問において自認するところである。)

しかしながら、羽柴証言中には、八名の近隣住民に対する対策が必要であり、これらの者の同意の徴求を本件設計会社に依頼し、一件当たり二〇〇万円(合計一六〇〇万円)の費用を要したとする証言部分があるものの、羽柴自身、本件設計会社から報告がない旨自認する証言をしており、右事実を裏付ける証拠も他になく、右証言部分を採用することはできない。

なお、右の近隣対策費は、その実額に本件設計会社の経費を上乗せした額であるから、民事訴訟法二四八条の適用される場面とも解されない。

4(一)  そこで、設計料について検討するに、一般の設計契約にあっては、工事価格に一定の率を乗じた額を設計報酬とする例が多いと認められ(乙七、弁論の全趣旨)、本件にあっても、三五〇〇万円のうちの純粋な設計報酬に対応する部分についてこれとまったく別個の基準により算定したことをうかがわせる証拠はない。

(二)  そして、徳島陳述書及び乙七(有限会社プレイズ・コーポレイション代表取締役北坂清の報告書)には、乗率を二.〇又は三.〇パーセントから五.〇パーセントとする例が多いとの記載があるところ、実際の報酬額は、建築する建物の規模や内容、契約条件等によって異なり、また、実務上、業界内部で建築費の区分に応じて一定の料率を乗ずる報酬規定等が設けられ、右規定は設計監理業務にかかる業務内容、質、業務量をほぼ反映するものとして一般に妥当性を有するものとして認知されているものと推認されることに照らし、右乗率を採用することが直ちに至当であるともいえないものの、本件においては、原告の確たる立証もなく、右率に依拠するほかない。

なお、原告は、建築面積四〇〇坪、坪単価七〇万円で建築費を約三億円とし、その六パーセント相当額一八〇〇万円と算出したと主張し、証人羽柴の証言中には、これに沿う部分があるが、本件設計契約の際、右のような算出方法によったとは認め難いし、その内容に照らし、一般に必要とされる範囲内の報酬であるとも認めるに至らない。

(三)  そこで、進んで検討するに、本件において、本件建物の建築プランの内容、建築費用等に照らし、最高率が採用される蓋然性はうかがえない一方、本件建物よりはるかに高額大規模のマンションがあることも数知れず存すると推認されることを勘案すると、最低率が適用されるべきであるともいえず、結局、本件建物の規模、内容、設計の難易度、作業量に照らし、中位の四.〇パーセント程度をもって相当因果関係の範囲内にあるものと認めるべきであり、他にこれを覆すべき特段の事情や事由はこれを見出されない。

なお、徳島陳述書には、被告の場合には右率は二.五ないし三パーセントであるとする陳述部分があるが、本件にあっては、他に設計業務を委ねたものである上、被告の採用する率が汎用性を持つとは認められないから、これに依拠することはできない。

(四)  もっとも、本件設計契約は、監理業務を含まないものと認められ(乙五の一、弁論の全趣旨)、本件建物の建築に係る監理業務費用について、徳島陳述書には、本件設計会社との打合せの際、四〇〇万円とすることを合意した旨の記載があり、他にこれを上回る額であることを認めるべき証拠もなく、したがって、設計報酬の算定上、右額を控除すべきである。

なお、本件にあっては、設計業務と監理業務が独立した契約とされているから、右四〇〇万円には、経費分が別個に計上されていると推認され、単一の設計監理業務中の管理費の一部が二度計上されることになると考えられるが、その割合、額等は不明であり、これを控除するには至らないというほかない。

(五)  さらに、本件建物の建築プランの策定が特に迅速を要するものとされたことを勘案すると、これに一パーセントを上乗せした額が通常設定されうる報酬額と認めるのが相当である。

(六)  そこで、以上の検討を総ずると、設計報酬相当額は、次の計算式により、九五〇万円となる(本件建物の建築プランの見積価格は三億二九〇〇万円であるが、報酬決定は、本件設計契約の際の事情を問題にすべきものと解されるから、基準となる建物建築価格としては当初見積価格二億七〇〇〇万円に依拠するほかない。)。

二億七〇〇〇万円×四パーセント-四〇〇万円=六八〇万円

六八〇万円+二億七〇〇〇万円×一パーセント=九五〇万円

5  次に、建築確認申請等の手数料については、通常実費プラス手数料として数十万円が計上されることが多いと推認されるところ、本件の要迅速度、作業量等にかんがみ、実費及び手数料として五〇万円をもって相当と認める。

6  したがって、原告の被った損害は、九五〇万円及び五〇万円の合計一〇〇〇万円と認められる。

なお、本件建物の設計報酬は、基本的には本件土地の売買価格設定の際に賄われる費用であり、しかも、それが存することにより、単なる土地売買よりも好条件となるのであるから、これを実現するために相応の費用を投ずることは許されてしかるべきであることを考えると、それが一般的な施主と設計者間の設計契約の報酬より多少多額となっても、不当な率の報酬を上乗せした場合でない限り、必要な費用と認めて差し支えないと解され、本件にあっても、右認定額から更に設計業務と何ら関係のない費用として除外すべきものが存することを認めるべき的確な証拠は存しない。

7  (一)もっとも、一一月一〇日の三〇〇〇万円の支払について、羽柴陳述書には、本件設計会社から強く要求されたため支払ったとする陳述部分があるが、一一月一〇日に右金員を支払うことは、本件設計契約の契約書(甲 四)自体に定められ、右支払は、既定の処理と認められるから、右陳述部分を採用することはできない上、本件設計契約が一〇月三〇日に締結されていることにかんがみると、その事前の交渉はその相当期間前から行われ、おおよその合意は右契約以前に成立していたものと合理的に推認される。

その意味では、原告の右支払は、あらかじめ予定されていたものであることは否定されないが、実際の支払時期は、買付証明書等を授受した後であり、被告と本件設計会社間で打合せがされ、その報告が原告に対してもファクシミリで送信されたと認められる(甲五、弁論の全趣旨)こと、さらに、そもそも設計業務の手配をしなければ本件土地の売買契約の前提条件を満たす端緒さえ確保することができないことにかんがみれば、右支出が原告の専行行為であるとして被告が契約を取りやめた行為との相当因果関係が否定されることにはならないと思料される。

また、前掲乙第七号証には、実施設計(詳細設計)に着手していない場合には、実施設計割合相当の三〇パーセントであり、七〇パーセントが基本設計(建築確認取得まで)の設計報酬である旨の記載があるほか、通常の設計契約にあっても、契約時の頭金、中間金、残金等分割払いとする方法が採られることが多いと推認されるが、仕事(設計業務)の完成前に支払われたものがあるからといって、それ故に被告の契約を取りやめたことと因果関係がないものとなるとは認められない(本来、爾後の予期しない事態に備えて仕事の完成前に多額の報酬を支払うことについては慎重にすべきであるとはいえるが、この点は因果関係の問題としてではなく、先払いの危険を負った点についての過失相殺の問題として考えるほかない。)。

(二) 次に、原告は、本件以前に別個に計画を建てており、本件計画は、これを一部利用するものであることが認められるが、これについて既に本件設計会社に報酬が支払われていることを認めるに足りる証拠はなく、この点を斟酌するに至らない。

8  なお、原告は、西田に対し、本件土地を代金三億円強で売却しており(前記第二の一10(二)、証人羽柴、弁論の全趣旨)、野口は、その証人尋問において、取得代金が二億三一九〇万円、税額が七〇〇万円、金利が二三〇〇万円である旨証言する。そうすると、三五〇〇万円相当額は、右売却によって回収されたとも考えられないではない。また、本件建物の建築確認申請は取り下げられていないこと、したがって、建築確認申請関係書類も同時に交付された蓋然性が認められ(徳島陳述書、弁論の全趣旨)、右売却には建築確認分のいわゆるプレミア価格が含まれ、報酬として支払った三五〇〇万円も回収されたようにも考えられる。

しかしながら、証拠(証人羽柴)及び弁論の全趣旨によれば、西田は、近隣住民の一人であり、マンション建設に反対していた蓋然性のあることが認められ、西田が右建築確認に係る建築計画を実行した、あるいは今後実行する蓋然性のあることをうかがわせる確実な証拠は見出されない。また、原告と被告間では三億五〇〇〇万円の売買価格を予定したことからすると、三億一〇〇〇万円は、これから報酬三五〇〇万円を減じた価格を更に下回り、建築確認の価値相当分が右三億円強の価格に含まれているとまでは認められず、また、西田に対する売却価格は西田との交渉によって定まるものであるから、これらの点を勘案すると、当然に損益相殺すべき場面に類する損害の填補がされ、あるいは、損害の発生について因果関係が否定されることになるとは解されない。

さらに、本件土地は、もともと建築確認付きの売買物件として紹介されたものであり、原告は、これを同種の条件で売却するには、類似の費用を支出することになった蓋然性は否定されるものではないが、被告との売却話がなければ、そもそも本件土地を取得し本件設計報酬契約を締結したとまではいえないから、これをもって前記認定した損害が因果関係がないとまではいえないと解される。

四  争点3について

本件では、本件設計契約自体、概括的であり、その内訳が明確化されていない上、かつ、早期に八六パーセント弱を前払いするものであり、この種のマンション事業については、種々の問題が発生することが往々にしてあるから、原告にあっても、事業の進行に応じて支払を行う手だてが考えられてしかるべきであること、原告も不動産業者であることを勘案すると、一五パーセントの過失相殺をするのが相当である。

五  よって、被告は、原告に対し、契約締結上の過失に基づく損害賠償として八五〇万円及びこれに対する確定的に契約を締結しないことを言明したことによる不法行為の日である平成一〇年一月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第四結論

以上の次第で、原告の被告に対する本件請求は、八五〇万円及びこれに対する確定的に契約締結しないことを言明したことによる不法行為の日である平成一〇年一月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、仮執行宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内堀宏達)

別紙<省略>

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